メンタルタフネスと「しなやかさ」

メンタルタフとはどういうことだろうか。動じず、ストレス耐久力があるということか。つまり、巌のように不動という姿が、メンタルタフなのか・・・。当初のイメージではメンタルタフとはそのようなものだと思っていました。そのような大きな姿さえ動かしてしまう、その巌さえ動かす大きな地震や、水流にあった時、動き出した大きな岩はなかなか止まらない。このように、動じないと思っていた人間が、そうでなくなったときに、それを元に戻すのは大変な労力がいると思います。
 
話が飛びますが、建築手法に西洋と日本とでは思想が違います。それは地震とか自然とのかかわり方で違うのかもしれませんが、西洋建築は、精密な設計図で考え、柱を固定して、寸法に狂いなく周辺も作っていきます。一方日本建築は、素材の重量とかたわみを考え、あそびを持たせて柱を組み、宮大工などは最後にてっぺんのところで、固定して全体が固まる(キメる)ように作っていくようにします。地震とかそもそも作った巨大なものさえも動かしてしまう大きな力に対して、どのように接するのか考え方が違います。
 
メンタルタフネスを訳すと強靭な精神力となりますが、西洋的な言葉であるタフネスというと、日本語の強靭(きょうじん)は、ひょっとするとこの建築手法に似て、語感的に違うものなのかもしれません。靭とは皮のように丈夫という言葉からきているらしいですが、この辺りに感覚の違いがあるのかも知れません。
 
メンタルタフネスと聞くと、強くたくましいと考えてしまいがちですが、個人的には、メンタルタフネスとは、心の状態が竹のようにしなやかにあるのが良いのではと思ってしまいます。つまり、感受性豊かかに、悲しい時は悲しく、明るい時は明るく、柔軟性を持って荒波に対処する様のような気がしています。
メンタルタフネスと「しなやかさ」メンタルタフネスとはどういうことだろうか。動じず、ストレス耐久力があるということか。つまり、巌のように不動という姿が、メンタルタフネスなのか・・・。当初のイメージではメンタルタフネスとはそのようなものだと思っていました。そのような大きな姿さえ動かしてしまう、その巌さえ動かす大きな地震や、水流にあった時、動き出した大きな岩はなかなか止まらない。このように、動じないと思っていた人間が、そうでなくなったときに、それを元に戻すのは大変な労力がいると思います。
 
話が飛びますが、建築手法に西洋と日本とでは思想が違います。それは地震とか自然とのかかわり方で違うのかもしれませんが、西洋建築は、精密な設計図で考え、柱を固定して、寸法に狂いなく周辺も作っていきます。一方日本建築は、素材の重量とかたわみを考え、あそびを持たせて柱を組み、宮大工などは最後にてっぺんのところで、固定して全体が固まる(キメる)ように作っていくようにします。地震とかそもそも作った巨大なものさえも動かしてしまう大きな力に対して、どのように接するのか考え方が違います。
 
メンタルタフネスを訳すと強靭な精神力となりますが、西洋的な言葉であるタフネスというと、日本語の強靭(きょうじん)は、ひょっとするとこの建築手法に似て、語感的に違うものなのかもしれません。靭とは皮のように丈夫という言葉からきているらしいですが、この辺りに感覚の違いがあるのかも知れません。
 
メンタルタフネスと聞くと、強くたくましいと考えてしまいがちですが、個人的には、メンタルタフネスとは、心の状態が竹のようにしなやかにあるのが良いのではと思ってしまいます。つまり、感受性豊かかに、悲しい時は悲しく、明るい時は明るく、柔軟性を持って荒波に対処する様のような気がしています。