経営者を経験して、その中で人を使う際の「褒める、叱る」がなかなかできず、悩んだ時期があった。特に、どう叱ったら良いのか葛藤していたと言っていい。人は、いい人と思われたい訳で、嫌なことは言いたくない。当然の感情である。
ある創業者セミナーで、人をどう使うかってテーマの中で、印象深かった言葉があり、それ以来ちょっと心がけている事柄がある。人は、自分自身のことをどう考えているか。大体3種類の考え方を持っていると分類できる。一つは、いわゆるポジティブな考え方で、将来は、今行っていることを乗り越えることにより、さらに良くなる。人生は機会の塊であると考える。このような考えをする人は稀で、こういう人が沢山いれば企業は楽だが、現実そんなことはないって話。次の2種類がある意味衝撃的だった。自分はツイている、恵まれている、ので人生何とかなる。という考え方と、その逆で、自分は何をやってもツイていない、恵まれていないので、ダメだという考え方。つまり、自分の努力や行動で人生が動くのだということを、深くは意識していないって人。経営者は、こういう人たちも使っていかなきゃならない。こういう人を褒めたり叱ったりする時、決して、その人の資質や、能力を言うのではなく、その人の努力、行動を言えという。なぜか。仮に、その人がとても優秀な大学を出て頭が良いとして、「さすが、頭が良いね。すばらしい!次もその調子で」と言ったとした場合、本質的にツイていると思っている人は、何もやっても何とかなるし、やらなくても何とかなると思っちゃう。逆に運が悪いと思っている人は、今良くても結局は変わらないよって、思っちゃう傾向がある。だから、それだけの時間よく頑張ったねとか、繰り返ししたのが良かったとかの言い方で、努力や行動を褒めないと、「ツイてる、恵まれている」って次元だけで留まり、持っている資質をさらに伸ばすという動機にならないからという。この3つの考え方は、その場では3タイプという言い方をしていたが、一人が1つの考え方ではなく、どんな人の中にも、3種類存在すると思う。
その話を聞いていた時、ふと、気分的に落ち込んでしまっているとき、自分は今、ツイていないとか、恵まれていないって考えがあるような気がすると思えてきた。そんなとき、自分の資質について他人から言われた時、自分の人格を言われているようで、なんか否定された気になる傾向がある。努力とか、行動を言われた場合は、そんなにカンにさわらない。言い方一つで、ずいぶん分気分、メンタルへの影響が蓄積的に違うんではないかと考えるようになった。
何気に、組織内で人に接しているとき、褒めようとその人の才能、資質を取り上げてしまう時が多いが、それが、アダになっているケースがあるということを肝に銘じた事柄であった。それ以来、努力、行動を褒めたり叱ったりするようにしようと心がけるようにしている。
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