自分の睡眠

自分の睡眠を、米国から入手した睡眠計測器で測定記録し始めて2ヶ月。睡眠の質を上げるのは簡単なことではないと判り始めた。その間の評点は(0-100)は30-94点だった。一番悪い点数だった時の総睡眠時間は4時間38分一番良い点数だった時は6時間21分だった。平均時間 5時間45分、平均睡眠評点は55点で、睡眠時間の長さが、評点の全てでないことも6時間41分のときに41点だったことからも判った。ただ、評点が良いと判断されたポイントは、睡眠時間とされている間の浅い眠り時に、起きているんじゃないかと判断されるほどの状態が、少ないほどいいんじゃないかという点。本人は、寝ている間途中起きていると認識していないが、多分寝相なのか、何らか体を動かしているのだろう。

また、お酒を飲んで寝たときの評点は、全て悪かったことを鑑みると、お酒は、少なくともこの測定器で測るときは、悪い結果をもたらしているようだ。

他に考えられる評点のポイントはおそらく、ノンレム、レム時の動きと周期、寝るまでの所要時間辺りだと思うのだが、もう少し、詳しく、評点と、睡眠前にする取れる行動が、評点にどう影響するのかという点も考慮しないとならないだろう。この辺りは、実験してみようと思う。

 

大震災という認知

東日本大震災が起こって、一週間がたった。幸い私は東京で避難しなければいけない立場でも、不自由をそんなに受ける立場ではない。しいて言えば、計画停電が多少気になるが、山手線内に住んでいるので特に、直接影響を受けるわけではない。

しかし、この1週間、なんてことはないのだが、特に何か自他に意義あることをしたのかって、自分に問うてみた。していない・・・。その間ニュースに気がとられて、その情報に基づいて行動も起こし、ニュースを見るとますます情報に対する飢え増していった。

スーパー等に買い物に行くと、ほとんどの商品は売り切れとなっている。被災地でもないのに・・・・。要は、ニュースによって、みんな自衛の行動に出たわけだが、首都圏に限らず、全国的に同じような状況だった。これから判断すると、全国的にニュースによる情報認知が行われ、それに伴い行動が現れたわけだが、ある意味、認知の歪が同じ方向に国民の大部分を動かしたのかもしれない。風評被害って、ニュースが言えばいうほど、変な話、認知の歪みが発生しているのではないかと思える。

少なくても東京では大きな地震を感じたというところで、東京の大部分の人はニュースによりマグネチュード9の大地震で、それに伴う大津波があり、福島原発が放射能汚染をしたというのを知る。それ以外のほとんどは、自分を含めた、誰かの想像、予想を真実としたその人の認知であると言える。風評被害ってのは、そういう意味では認知の歪がもたらしているものである。そうは言っても、人間は認知をする。偉そうに言う自分も、ニュースが気になって、仕事にならないわけだ・・・。

認知を変えるといっても、ネガティブな考えのスパイラルを断ち切るというのは、外から入るニュース等で、さらにネガティブな気持ちにさせる環境がそろっていると、難しいのも事実である。でも、あえてその認知を変えさせるようなニュースを出すようにしないと、ストレスへの耐性がだんだん減っていってしまう。そのあたりを配慮してニュースを出してもらいたいものだ。

 

スグと癖

今、テーマですごく悩んでいるのが「スグにできる・簡単にできる」と「継続・修練」。

道を究めるとか、変化を遂げるためには、まじめに、長く険しい道のりって求められるのは判っているのだけれど、人間楽したいから、ボタン一つで簡単にできるって望んでいる。悩んでいる人の解決しようって思いのきっかけとして、この入口の響きは、どれほどハードルが違うか大変大きい。まして、お金を出してとなると費用対効果ってな尺度を振りかざすのでなおさらである。

私たちは、このサイトでテーマにしている「心の問題」を、各自、しなやかに変化対応できるように強くするは、まじめにやればやるほど、それぞれが修練、忍耐を要する継続が必要となるのだが、それを最初っからそう言ってしまうと、みんな腰が引けてしまうので、なるべく多くの人に実践してもらえるようにそれを、如何にハードルを低くしていくかにトライしたい。

サイトの変更とともに、他の表現方法含めて、この辺りに2011年は挑戦したいと思っています。

同じ目線は難しい

先日、家内のメンタル相談系の仕事のいわば師匠格の夫婦とランチしながら初めて交流した。私は、心理学には興味を持っているが、専門家を個人的には知らなかったし、債務でメンタル的に悩んで相談された友人とかの話に関連して、いろいろ聞いてみたいことがあったので、楽しみにしていた。その夫婦は、私たちと年齢的にも近く、子供もなく共稼ぎのという、共通点もあり、親近感を持っていた。

お会いして、特に、行動心理学系の話や、心理相談の実際について、いろいろ伺うことができ現場の状況が少しわかったのはありがたかった。行政が運営する相談所に来る人で、リピーター率いわば、直らないで繰り返す人が一定以上いること、その中には、病状が単純なうつとかじゃない人が多く、また、行政ゆえ、年度でくくる弊害もあり、また、FPや法律家など事務の専門家が理屈通りの正論がそもそもできないから来る人に対応できないなど、実際に相談運営をしていないとわからない話を聞けた。やはり現場は違うなと感じた。

ふと、ある話になり、普段疾患者ばかり相手にしている人とそうでない、企業実務者との視点の違いにお互い気がついた。人に対する前提の目線の違いだ。私は環境柄、どうしてもいわゆる「麦を踏む」的なアプローチでも、相手の目線に合わせて人を育てると考えるのだが、相談を受ける立場が長いと、相手を患者と見る癖ができるらしい。つまり、相手に辛いことを言うにしても、上から目線の度合いが違いそうである。確かに、長く、多くの人に対処策を授ける過程で、毎回、相手と同じ視線で見てしまうと、その視点に吊られ自分自身が壊れてしまうのかもしれない。弁護士や、医者とかのいわゆる「先生」業の専門知識があるだけの上から目線とは違い、同化すると自分自身の身が危ないという職業の違いが感じられた。相手も、健常者と久しぶりに話すので刺激になると言っていただいた。

とにかく、精神疾患といっても、うつだけではないし、人格障害や双極性など確かに対応が難しいものだと感じた。人間は錯覚の動物だというが、錯覚の方向が自分が想定した方向だけではないことは、意識しないといけないといけないと思う。

この夫婦とは、多分何度も交流することいなるんだろうし、楽しかった。

 

 

 

Lie to me マイクロ表情ドラマにびっくり

私は米映画、テレビドラマを見るのが好きです。先日何気に貸しビデオショップに行くと、テレビ“Lie to me”という推理ドラマを発見して、紹介文を見て興奮しました。「顔は口ほどに嘘をつく」の著者、心理学者のポール・エクマンをモデルとして彼がFBIの依頼で働いていたころを推察してドラマを作ったようです。内容は、顔の表情だけでなく、しぐさや、声に至るまでボディーランゲージの全ての領域をネタとして使っていて、正直想像以上の内容でした。

うーん、マイクロ表現を理解するために、エクマン氏に師事してみたいと思ったほどです。このようなドラマを見ると米国のネタを仕入れる貪欲さ、まさか、このネタがテレビになるなんて感心することしきりです。

このドラマ、しばらく繰り返して見ることになるかもしれない・・・。